三嶋神社・町谷(今治市)|式内社・姫坂神社と秋山明神社を擁する古社の歴史とアクセスを徹底解説

神社仏閣

愛媛県今治市町谷に鎮座する三嶋神社(みしまじんじゃ)は、旧称「楠谷神社(くすたにじんじゃ)」とも呼ばれ、和銅年間(708〜714年)に伊予国司・越智玉純(おちのたますみ)が大三島の大山祇神社から大山祇命(おおやまづみのみこと)を勧請し、伊予九十四郷に建立した三島宮のうちの一社と伝わる由緒ある古社です。境内には、式内社・姫坂神社(ひめさかじんじゃ)の旧地・論社として知られる姫坂神社、そして日露戦争で活躍した秋山好古・真之兄弟につながる秋山氏の祖霊を祀る秋山明神社(あきやまあけじんじゃ)が鎮座し、古代伊予の祭祀から中世・近世、そして明治の英雄の系譜までを一望できる稀有な聖地となっています。本記事では、今治市町谷の三嶋神社の歴史と御祭神、見どころ、富田駅からのアクセス方法や駐車場情報まで、参拝前に知っておきたい情報を網羅的にご紹介します。

今治市にはほかにも、日本総鎮守と呼ばれる大三島の大山祇神社や、町谷の姫坂神社と深い関係にあるとされる今治市宮下町の姫坂神社など、三島信仰を軸とした神社が数多く点在しています。あわせて巡れば、伊予国一千年の信仰の流れを体感できるでしょう。

三嶋神社・町谷とは|今治市の奥座敷に眠る式内社ゆかりの古社

三嶋神社・町谷は、今治市町谷甲502・乙7に鎮座し、かつては「楠谷神社」の名で地域に親しまれてきました。今治市街から少し離れた富田地区の静かな田園地帯に佇み、周辺には歓喜寺・法徳寺・天祐寺といった古刹も残ることから、この一帯が古くから信仰の場として大切にされてきたことがうかがえます。明治12年(1879年)には村社に列格し、町谷地区の総鎮守として地域の祭祀を支えてきました。

境内の入口には「三嶋神社」と「姫坂神社」、ふたつの社号標が並んで立ち、参道の階段を上ると、拝殿や本殿、そして境内社が静かに参拝者を迎えてくれます。賽銭箱には三島信仰に特有の「折敷に波三文字」の神紋があしらわれており、大三島の大山祇神社から分かれた三島宮であることを静かに物語っています。

今治市町谷の三嶋神社(旧称・楠谷神社)境内の鳥居と参道
三嶋神社・町谷の境内入口。静かな田園地帯に佇む古社

御祭神は大山祇命|大三島から勧請された山と海の守り神

三嶋神社・町谷の主祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと)です。大山祇命は、日本神話において山を司る神であり、瀬戸内海の大三島に鎮座する大山祇神社の主祭神として、古来より山の神・海の神・武の神として篤く崇敬されてきました。武家の時代には源氏や伊予の河野氏をはじめとする武将たちが武運長久を祈り、甲冑や太刀を奉納したことでも知られています。

境内社として祀られる姫坂神社の御祭神は、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)です。宗像三女神の一柱として知られ、水や航海の安全、さらには弁財天との習合により芸能・財福の神としても信仰を集めてきました。山の神と水の神が同じ境内に鎮まる構成は、農耕と水運に生きた古代伊予の人々の祈りの姿を今に伝えています。大山祇命の信仰についてより深く知りたい方は、大山祇神社の記事もあわせてご覧ください。

創建の歴史|越智玉純と伊予九十四郷の三島宮

三嶋神社・町谷の創建は、奈良時代の和銅年間(708〜714年)にさかのぼります。元明天皇の詔勅により、当時の伊予国司であった越智玉純(おちのたますみ)が、伊予国内に点在する九十四の郷それぞれに三島宮を建立するよう命じられました。玉純は大三島の大山祇神社から大山祇命を各地へ勧請し、そのうちの一社として町谷の地に創建されたのが、この三嶋神社であると伝えられています。

越智氏は古代伊予を代表する豪族であり、国造・国司として伊予の統治と祭祀を担ってきました。伊予九十四郷への三島宮建立は、中央の律令体制と伊予の在地信仰を結びつける国家的な事業であったと考えられ、町谷の三嶋神社はその壮大な歴史の生き証人ともいえる存在です。今治市内にはほかにも三島宮の系譜を引く社が残っており、とくに上徳の三嶋神社は、越智氏の館跡にまつわる伝承を今に伝える社として知られています。

三嶋神社の参道階段と境内の風景(今治市町谷・旧楠谷神社)
和銅年間創建の歴史を刻む参道。石段を上ると境内が広がる

境内社・姫坂神社|式内社の旧地・論社としての深い由緒

三嶋神社・町谷を語るうえで欠かせないのが、境内に鎮座する姫坂神社の存在です。御祭神は市杵島比売命。この姫坂神社は、平安時代の『延喜式神名帳』に記載される式内社「伊豫國桑村郡 姫坂神社」の旧地・論社のひとつとされており、古代の国家祭祀に連なる格式高い社として注目されています。

『愛媛県神社誌』の記録によれば、姫坂神社は明治41年(1908年)に三嶋神社へ合祀され、その後昭和21年(1946年)にはかつての社地へ奉遷されて独立・復興を果たしますが、昭和44年(1969年)に再び三嶋神社の境内へ遷座され、現在に至っています。つまり、町谷の姫坂神社にはもともと独立した旧社地が存在しており、一説には現在の今治市宮下町に鎮座する姫坂神社の元社地であったとも考えられているのです。

今治市宮下町の姫坂神社は、古くは「姫の宮」と称され日吉郷の一宮として崇敬された式内社で、江戸時代には今治藩の祈願所として雨乞いの祭祀が行われてきました。町谷と宮下町、ふたつの姫坂神社の関係は今も謎に包まれた部分が多く、式内社巡りや古代史がお好きな方にとっては、両社を見比べながら歩くのも大きな楽しみのひとつです。詳しくは姫坂神社・宮下町の記事で解説しています。

姫坂神社の社号標(三嶋神社・町谷の境内入口)市杵島比売命を祀る式内社論社

秋山明神社|秋山好古・真之兄弟につながる秋山氏の祖霊社

境内社のもうひとつの見どころが、秋山明神社(あきやまあけじんじゃ)です。この社は伊予の名家・秋山氏の祖霊を祀る社であり、明治から昭和にかけて活躍した陸軍大将・秋山好古(日本騎兵の父)と、海軍中将・秋山真之(日本海海戦の作戦参謀)の兄弟につながる家系の歴史を今に伝えています。小説『坂の上の雲』の主人公として知られる兄弟のルーツをたどるうえでも、歴史ファンには見逃せないスポットです。

秋山氏は伊予の豪族・河野氏の流れをくみ、その祖をたどれば越智氏へとつながるとされる名門です。もとは上野氏を名乗り、のちに秋山姓を称するようになったと伝えられています。江戸時代には秋山右衛門宗清が今治城主・藤堂高吉に仕えて「三十人扶持」という高い待遇を受け、その子孫の秋山助太夫久信は松山藩主・久松松平家に仕えて藩政の重職を務めました。

また、上徳の地には神亀5年(728年)に越智益躬が大三島から三島神を勧請して創建したと伝わる三嶋神社があり、元禄年間には秋山氏が旧館地へ社殿を遷したという伝承が残っています。秋山氏は単なる武家ではなく、越智氏以来の三島信仰を受け継ぎ、地域の祭祀を守り続けた一族でもあったのです。町谷の境内に秋山明神社が残されていることは、町谷と上徳、そして越智氏以来の祭祀の流れが今なおこの地域に息づいていることの証しといえるでしょう。

境内の見どころ|二つの拝殿と静謐な空間

三嶋神社・町谷の境内では、三嶋神社と姫坂神社の拝殿が並び立つ姿を見ることができます。社号標が二基並ぶ入口から始まり、石段の参道、拝殿、本殿、そして大己貴神社・山神社・秋山明神社といった境内社まで、コンパクトながらも見どころの密度が高い境内です。格式ある式内社の論社でありながら観光地化されておらず、地元の鎮守としての素朴で静かな佇まいを保っている点も、この神社の大きな魅力です。

参拝の際は、まず三嶋神社の拝殿で大山祇命へ挨拶をし、続いて姫坂神社、境内社へと手を合わせるのがおすすめです。賽銭箱の神紋や石段からの眺めなど、写真映えするポイントも多く、神社巡りの記録としても楽しめます。周辺の寺院群とあわせて散策すれば、古代から続く町谷の信仰の層の厚さを実感できるはずです。

三嶋神社の本殿と境内社(今治市町谷)式内社姫坂神社の旧地
本殿と境内社。静謐な空気に包まれた祈りの空間

アクセス・駐車場情報|富田駅から南へ約3km

三嶋神社・町谷へのアクセスは、JR予讃線・伊予富田駅が最寄り駅です。駅からは南へ約3kmの距離があり、徒歩では40分ほどかかるため、タクシーまたはバスの利用が現実的です。なお、境内に専用の駐車場はありません。車で訪れる場合は、近くの鹿ノ子池公園の駐車スペースを借りて参拝するのがおすすめです。参拝の際は周辺の住宅や農道への配慮を忘れないようにしましょう。

半日で巡るモデルコースとしては、貴布祢神社や伊予国分寺を外側に回るルートから外れ、富田駅を基点にタクシーかバスで往復するプランが組みやすいでしょう。時間に余裕があれば、伊予国分寺や今治城、上徳の三嶋神社と組み合わせた一日巡りもおすすめです。今治市内の神社巡り全体のプランについては、今治市の神社巡りガイドでも詳しく紹介しています。

参道上から望む三嶋神社の境内(今治市町谷)富田駅から南へ約3km
参道の上から境内を望む。田園に抱かれた静かな聖地

まとめ|古代の祭祀と明治の英雄を結ぶ今治の聖地へ

今治市町谷の三嶋神社は、和銅年間に越智玉純が建立した伊予九十四郷の三島宮の一社としての古代の由緒、式内社・姫坂神社の旧地・論社としての格式、そして秋山好古・真之兄弟につながる秋山氏の祖霊社・秋山明神社を擁する、三層の歴史が重なり合う稀有な神社です。旧称・楠谷神社の名に残る地域の記憶、二基並ぶ社号標、三島信仰の神紋、そして静かな境内に流れる時間は、訪れる人に伊予国一千年の歴史を静かに語りかけてくれます。

富田駅から南へ約3km、駐車場こそありませんが、鹿ノ子池公園を利用すれば車でも無理なく参拝できます。今治を訪れる際は、ぜひ大山祇神社や宮下町の姫坂神社とあわせて、この町谷の三嶋神社にも足を運んでみてください。古代から続く祈りの場所が、きっとあなたの旅をより深いものにしてくれるはずです。

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